「但馬は心のふるさと」 日本料理店「玄斎」店主の上野直哉さんからエッセイが届きました。
但馬は心のふるさと
年に数回、思い立って但馬方面に出向くことがある。目的があっての場合もあるけど、特段の行き先が無くても、クルマを走らせているほど好きな場所だ。
県央の分水嶺を超えて、日本海へと続くその道の先に、会いたい人たちがいるからかもしれない。
コウノトリが住む雄大な円山川の東岸に広がる豊岡市日高町赤崎地区。ここで有機農業を続ける吉谷俊郎さんは、元消防士。
阪神淡路大震災の折には、長らく神戸で人命救助に尽力されたという。
そんな心根優しく、人一倍使命感の強い彼が作り出す数々の野菜たちは、どれもが、その土地ならではの力強い個性を放ち、そして優しく身体に染み入る味わいがある。
古刹 進美寺(しんめいじ)が座する進美寺山を望む圃場で、多種多様な野菜が健全に育つ。
作っているのは、赤崎ねぎや、進美なすと言った地名を冠した固定種から、隣接した地域の在来品種である、八代おくらや、小野芋などなど。これが一人で作る量かと驚くほどのバリエーションだ。
この生産量を保つ年間スケジュールを作るために、日々のデータ収集に努め、書き留め続けた大学ノートは膨大な数に昇る。
ところが、2004年の台風23号による円山川氾濫水害の時に、この智慧の集積であるノート全てを失ったという。
畑には、大量の土砂が流れ込み、復旧にも相当時間がかかった。
「そりゃもう、ショックとかいうどころではなかったわねぇ。」
しかし、その後もデータ取りを継続し、新たな試みにも挑戦されている。
今では、台風の爪痕を克服し、農薬に頼らずとも、美しく整えられた畑を眺めるほどに、本当に頭が下がる。
但馬地方の厳しい気候条件を受け入れ、もまれ続けた先に生まれた柔和な笑顔の奥には、常にこうした自然への畏敬の念がある。これは、但馬人共通の地域性のように思う。
「いつまでもお元気でいてください。また来ます。」
人の勇気とか、強さから生まれる寛容さみたいなものを貰いに、但馬に来るのかもしれないな。
お土産にといただいた真桑瓜の甘い香りが漂う車内で、そんな事を考えていた。
日本料理店「玄斎」店主
上野直哉